インテル・AMD・TSMCの三角関係:勝者の輪を築くTSMCグランド・アライアンス

インテル、AMD(超微)、TSMC(台積電)の三者関係を論じる前に、まずは執筆時点、すなわち2022年第4四半期における三社の決算内容を確認しておきたい。
TSMCは純利益2,959億ニュー台湾ドル(約100億米ドル)を発表し、前年比77.84%という著しい成長を遂げた。2023年も引き続き成長が見込まれている。
インテルは6億6,400万米ドルの赤字を計上し、2023年も厳しい見通しが続くとされている。
AMDは2,100万米ドルのわずかな黒字を記録し、2023年第2四半期以降、PC事業の回復が期待されている。
上記の決算データの比較から見えてくるのは、業界全体における大きな構造変化である。
ファウンドリ(受託製造)による専門分化と新たなビジネスモデルが、半導体業界の姿を急速に変えつつある。
インテルは「AMD+TSMC」連合に直面し、市場シェアを次第に失っていった。特に2020年は転換点となる年であり、この年、インテルとAMDのシェアが初めて逆転した。
インテルが販売していたノートPC向けCPUは、ほとんどが14ナノメートル(TSMCの10ナノ相当)プロセスで製造されていたのに対し、AMDはTSMCの7ナノメートルプロセスを採用し、デスクトップPC市場の50%を獲得した。
インテルとAMDの設計力は拮抗していたが、IC製品において製造プロセス技術が決定的な差を生む。インテルが敗れたのは、TSMCに対するプロセス技術の遅れが決定的だったからである。その差は1.5世代、時間にして3年以上に及んだ。
さらに、インテルがPC分野で直面する競合相手はAMDだけではない。もう一つの強敵はアップルである。
2020年、かつてインテルの大口顧客であったアップルは、自社のすべてのPC製品において、独自設計のプロセッサを採用すると発表した。
同年末には、アップルが設計した「M1」チップを搭載したノートPCおよびデスクトップPCが3モデル登場し、その性能は従来のインテル製プロセッサの最大3.5倍に達した。
従来、インテルの新世代プロセッサは、前世代と比較して機能面で約10%の小幅な向上にとどまっていた。
一方、アップルが設計した新世代チップは、一度に150〜200%もの飛躍的な性能向上を実現した。
M1チップの登場により、市場を独占していたインテルは大きな打撃を受け、その後、マイクロソフト、Alphabet、アマゾン、Metaといった大手テック企業が、こぞってアップルに倣い、自社設計のチップ開発に乗り出すこととなった。
インテルはアップルという大口顧客を失っただけでなく、「アップル+TSMC」という産業連携モデルにおいても敗北を喫した。
アップルはTSMCへの発注量を急増させ、2020年以降、毎年TSMCの最大顧客となっている。
2021年には、TSMCの売上全体の26%をアップルが占めるに至った。
「IC設計企業+TSMC」という新たなビジネスモデルは、多くの半導体製品のエコシステムを大きく変革した。
その中でも、PC業界よりも早く、かつより徹底的に変化が起きたのが、2007年に始まったスマートフォンブームである。
スマートフォン産業の革命においては、IC設計業に加え、もう一つ重要な役割を果たしたのが「シリコンIP(知的財産)産業」である。
つまり、「クアルコム+TSMC」や「メディアテック(聯発科)+TSMC」の成功モデルに加え、省電力かつ高性能なIPを提供するARM(アーム)のようなシリコンIP企業の存在も極めて重要であった。
ARM(アーム)は1990年に英国ケンブリッジで設立され、現在は日本のソフトバンクが筆頭株主となっている。
現在、世界中のスマートフォンをはじめとするモバイル端末の90%以上が、ARMのシリコンIPをライセンス使用している。
各社のスマートフォン向けチップはARMの中核IPを内蔵しており、「IC設計+シリコンIP+ファウンドリ(受託製造)」という高度に専門化された分業モデルによって、各プレイヤーがそれぞれの強みを最大限に発揮し、スマートフォン市場は13年にわたる急成長を遂げ、モバイル・インターネットの「大航海時代」が幕を開けたのである。
忘れてはならないのは、インテルが1999年にはすでにモバイル向けチップの研究開発に着手していたという事実である。
しかしながら、インテルは度重なる失敗を重ね、スマートフォン時代に入っても顕著な成果を上げることはできなかった。
設計力の不足に加え、大量生産とコスト削減が求められるスマートフォン用チップの分野では、インテルの製造能力はTSMCに及ばず、最終的には2019年にスマートフォン向け通信チップ部門をアップルに売却することとなった。
インテルが成し遂げられなかったことを、アップルは引き継いで大きな成功を収めた。
その鍵となったのは、アップルがTSMCに製造を委託し、大規模にARMのIPを採用した点にある。
すべてを自社で完結させようとしたインテルとは対照的に、アップルは外部との分業を積極的に活用したのだ。
現在、インテルはスマートフォン市場からは完全に撤退しているものの、主力製品であるPCおよびサーバー向けのチップ分野では、依然としてアップルからの強烈な挑戦に直面している。
さらに、クアルコムも「常時接続型ノートPC(Always Connected PC)」やChromebookといった非主流・低価格帯向けチップを投入し、インテルの市場を奪う動きが加速している。
このクアルコム製チップにはARMのIPではなく、2021年に同社が買収したNuvia社のシリコンIPが採用されており、すでにデル(Dell)などの企業が導入を開始している。
このような動きもまた、「IC設計+シリコンIP+ファウンドリ」という勝利の方程式を体現する鮮明な例である。
経営コンサルティング会社ダイン・マネジメントのパートナーである方頌仁(ファン・スンレン)氏は、1990年代に米国のテキサス・インスツルメンツ(TI)に勤務していた当時を振り返る。
当時、TIの製造プロセスは0.18ミクロンで、社内の会議ではしばしば二つの企業がベンチマークとして挙げられていたという。一つは「小i」、もう一つは「小t」だ。
前者はパフォーマンス(性能)で比較する相手、後者はコスト(費用)で比較する相手であったが、2四半期連続でTIの製造コストは「小t」に劣っていた。
方氏によれば、当時の「小i」とはインテル(Intel)を指していた。
しかし「小t」がどの企業かについては、社内でも大いに話題となっていた。やがて上司が明かしたのは、「小t」とは台湾のTSMC(台積電)だったという事実である。
当時、TIのエンジニアたちは皆、一介の台湾企業にコスト面で劣っていたことに驚きを隠せなかった。インテルに製造性能で劣ることは理解できても、あまり知られていなかった台積電に製造コストで敗北したことは信じがたかった。
この経験をきっかけに、方氏はアジアの半導体産業が台頭する兆しを感じ取り、TIを退職して台湾へ戻り、最終的にUMC(聯電)への入社を決意した。
チーム戦で勝負、TSMCが一枚上手
インテルが半導体業界のトップの座をTSMCに明け渡すことになった最大の要因は、張忠謀(チャン・チュウモウ)氏が提唱したビジネスモデルにある。
インテルは自社製品をすべて自前のファブ(半導体工場)で製造しているが、製品ラインアップはそれほど多くない。
そのため、ある程度古いプロセス技術が成熟してきた場合、それを使って生産する製品が見つからず、旧プロセスの稼働率維持が難題となる。
一方、TSMCやUMC(聯電)のようなファウンドリ企業は、成熟したプロセスでも多くの顧客から注文を受けることができ、しかもそれらのプロセスは減価償却が完了しており、高い収益源となっている。
TSMCは、アップルやNVIDIA(輝達)といった世界最高水準の顧客をパートナーに迎え、製造プロセス技術を最適な状態にまで鍛え上げることができる。
さらに、成熟したプロセスについては、自動車向けICや電源管理ICなどの適切な顧客を確保し、生産能力を効率的に活用している。
これこそが、ファウンドリにおける高効率かつ高成長のビジネスモデルである。
張忠謀氏はかつて、NVIDIAの黄仁勳(ジェンスン・ファン)氏の言葉を引用し、「TSMCは400社の顧客とともにダンスを踊るが、インテルは最初から最後まで独りで踊る」と述べた。
前述の通り、TSMC創業初期には、張忠謀氏がかつて若い頃に多少の縁があったインテル創業者に出資を打診したが、断られたという。
ただし、当時は世界的にIDM(垂直統合型半導体企業)が主流であり、DRAMメーカーもロジックICやアナログICメーカーも、すべてIDM型であった。
TSMC設立時に大株主として参加したフィリップス(Philips)もまた、設計と製造の両方を自社で手がける典型的なIDM企業であった。
当時、フィリップスがTSMCに出資したのは、アジアでの事業拠点を台湾に置いており、台湾の製造能力に対する高い信頼があったためである。
さらに、当時のフィリップス・アジアの社長であるロ・イーチャン(羅益強)氏の強い後押しもあり、TSMCへの出資が実現した。
ただし、当初からTSMCがここまで成功するとは予想していなかった。
1997年、フィリップスはTSMCの保有株式をすべて売却し、医療・ヘルスケア事業へと転換を図った。
かつてTSMCの研究開発部門の部長を務めていた林茂雄(リン・マオション)氏は、創業初期のエピソードを次のように回想する。
当時のTSMCは受注が安定せず、生産能力の空きを埋めるために、より生産量の多いDRAMメーカーの代工を目指していた。
その際、第2代社長であるドイツ系アメリカ人のクラウス・ウィーマー(Kraus Wiemer)氏が、ドイツのシーメンス(Siemens)を訪問し、DRAM技術の移転と製造受託の可能性を打診したという。
こうして林茂雄氏をはじめとするTSMCのチームは、1993年にドイツ・ミュンヘンのシーメンス半導体本社を訪れた。
「ところが、会議が始まってわずか30分足らずで追い返されてしまったのです」と林氏は語る。
当時、台湾からミュンヘンまでのフライトには約20時間を要し、結局何の成果も得られないまま、落胆しつつ帰路につくこととなった。
これらのエピソードを紹介したのは、かつてTSMCが多くの国際的大手企業から門前払いを受けていたという事実を伝えるためである。
まさに、そうした期待されない環境の中で、TSMCは一歩一歩着実に努力を重ね、現在の地位を築き上げてきたのだ。
皮肉なことに、かつてTSMCの幹部を追い返したドイツは、2020年に新型コロナウイルスのパンデミックが発生した後の2年間、自動車用ICの深刻な供給不足に直面し、自動車産業全体が大きな影響を受けた。
その結果、ドイツ経済省は台湾政府およびTSMCに対し、優先的な供給を要請する事態となった。
林茂雄氏によれば、創業初期、彼自身や同僚が国際的大企業を訪問しても、しばしば門前払いに遭ったという。
その理由は、多くの大企業が自社工場を保有しており、TSMCに注文を出す可能性がほとんどなかったからである。
しかし興味深いことに、こうした企業の幹部たちは実際に発注はしなかったものの、TSMCの動向には関心を持ち続け、林氏との連絡を絶やさなかった。
これらの国際的大企業の幹部がTSMCの動向に関心を寄せていた理由の一つとして、林氏は次のように述べている。
将来的に彼らが退職して起業し、自らIC設計を手がける場合、ファブを自前で建設するのは現実的ではなく、TSMCのようなファウンドリ企業の協力が不可欠となるからである。
実際、現在のシリコンバレーにおけるIC設計系スタートアップの創業者の中には、かつてTSMCが訪問した大企業の元幹部が少なくないという。
振り返ってみると、ファウンドリという業態は、もはや不可逆的な産業トレンドとなっている。
インテル、AMD、そしてTSMCという三者の盛衰の変化こそが、半導体産業が専門分業化の波にさらされた結果として、最も具体的かつ生々しい証左である。
張忠謀氏は、数年前から「TSMCグランド・アライアンス(大同盟)」という構想を提唱していた。
この名称は、第二次世界大戦期において、イギリスやアメリカなどの連合国がドイツ・イタリア・日本といった枢軸国の侵略に対抗するために結成した連合軍の概念に由来するものである。
現在では、この大同盟には、従来の主要顧客であるAMD、NVIDIA、クアルコム、ブロードコム、メディアテックに加え、アップル、マイクロソフト、テスラ、アマゾン、Alphabetといったシステム企業も加わっている。
さらに、ARMなどのシリコンIP企業、EDA大手のシノプシス(Synopsys)、そして露光装置メーカーのASML(艾司摩爾)なども連携している。
こうした専門分業と同盟的な連携構造により、TSMCは半導体産業の構造を根本から覆す力を手にしたのである。
したがって、「TSMCがインテルに勝った」と言うよりも、「TSMCグランド・アライアンス(大同盟)」がその力を発揮し始めていると言うべきだろう。
この同盟に属する“勝者の輪”は今なお拡大を続けている。
まだこの大同盟に加わっていない企業にとっては、取り残されることへの焦燥感すら覚える状況かもしれない。



