【台湾現地レポート】トランプ関税を15%に抑えた「台湾モデル」の全貌――現金ではなく「生態系」を差し出す、TSMCとサプライチェーンの米国進出戦略

台湾学
著者:林宏文
【台湾現地レポート】トランプ関税を15%に抑えた「台湾モデル」の全貌――現金ではなく「生態系」を差し出す、TSMCとサプライチェーンの米国進出戦略

TSMC(台湾積体電路製造)が第4四半期の好調な決算と今年度の業績見通しを発表した直後、長らく交渉が続いていた米台貿易協定がついに決着を見せました。台湾政府を代表する駐米国台北経済文化代表処(TECRO)と、米国政府を代表する米国在台協会(AIT)が正式に協定に署名したのです。

この協定において、台湾側は総額5,000億米ドル(約75兆円)に上る投資および信用保証プログラムを約束しました。そしてその対価として、米国側が台湾製品に対して課す「対等関税(Reciprocal Tax)」の上限を15%に設定するという確約を勝ち取りました。

協定署名後、市場では例によって様々な解釈が飛び交っています。その中で私が注目したのは、台新金控(Taishin Financial Holdings)の李鎮宇・主席エコノミストによる論評です。彼は今回の結果を「予想を上回る成果」と評価しています。なぜなら、日本や韓国の企業が多くの場合、単純な「現金投資」や「財務的コミットメント」を求められるのに対し、台湾は民間主導による「サプライチェーン・クラスターの輸出」というアプローチを採り、独自の「台湾モデル」とも呼ぶべき産業協力を形成したからです。

李鎮宇氏の主な分析ポイントは3つあります。

第一に、2,500億ドルの企業による自主投資です。これにはTSMCが既に約束している1,650億ドルの投資が含まれると見られ、実質的な新規追加額は約850億ドルとなります。現在の台湾半導体産業のグローバル拡張計画を鑑みれば、これは十分に達成可能な目標です。

第二に、残る2,500億ドルは「信用保証基金(Credit Guarantee Fund)」によるものです。これは「政府系信用保証(Government-backed Credit Guarantees)」と呼ばれるスキームです。具体的には、政府が出資する財団法人(信用保証基金)が、企業の米国投資計画に対して信用供与(裏書き)と融資保証を提供する仕組みです。この「政府のお墨付き」を得たプロジェクトは、銀行側のリスクが大幅に低減されるため、金融機関からの融資が受けやすくなります。これは主に、サプライチェーンの中小企業が米国市場へ進出する際の「資金の壁」を取り除くためのメカニズムです。

第三に、農産品の問題が今回の協定の焦点にならなかった点です。これは、米国の戦略的な関心が完全に半導体サプライチェーンに集中しており、その他の旧来型産業にはあまり関心がないことを示唆しています。

台湾独自のモデル:政府はあくまで「側面支援」、主導権は「民間市場」

李氏の分析によれば、この協定は「政府が受動的に支援し、主導権は民間にある」という市場経済の概念を体現しています。日本や韓国のように投資金額を指定される形とは異なり、台湾は「サプライチェーンのエコシステム連携」を主軸に据え、米国の顧客と深く結びつく独自の「台湾モデル」を創出しました。

2,500億ドルの信用保証プログラムの最大の受益者は、TSMCに追随して米国工場を設立する多くの中小サプライヤー(SMEs)となるでしょう。

つまり、総括するとこうなります。台湾は資金と技術によって「米国の製造業回帰」を支援する。企業は半導体、AI、エネルギー分野に自律的に2,500億ドルを投資し、政府は最大2,500億ドルの融資信用保証枠をバックアップとして提供するのです。

一方、米国側からのリソース支援としては、土地、水、電力、税制優遇、およびビザ発給などの行政リソースの提供が約束されています。

李氏の見解には私も大いに賛同しますが、TSMCの2,500億ドルという投資額の算出方法については諸説あります。例えば、米側のハワード・ルトニック(Howard Lutnick)氏は、TSMCが2025年にトランプ政権と協力して投じる1,000億ドルがこの2,500億ドルにカウントされるため、米国側は既に1,000億ドルの控除枠を台湾に与えたと説明しています。

そのため、多くの観測筋は、トランプ氏がバイデン前大統領時代の650億ドルをカウントしないつもりだと見ています。これはトランプ氏の交渉スタイルとして非常に納得のいくものです。

しかし、その650億ドルが含まれるかどうかに関わらず、投資金額はあくまでコミットメント(約束)の数字に過ぎません。実行にどれだけの時間がかかるか、いつ完全に履行されるかは不確定要素が多く、両国が確立した産業協力の枠組みそのものに比べれば、数字の細部はさほど重要ではないかもしれません。

米台産業協力の新局面:AIハードウェアでのシェアはPC時代を超越

さらに、今後の米台産業協力のトレンドを読み解くために、2つの産業的な視点を提示したいと思います。

第一に、台湾と米国の産業協力は、常に台湾テック業界の成功の方程式でした。パソコン(PC)、スマートフォン、そして現在のAIに至るまで、台湾は米国との「製造受託(OEM/ODM)」および「先端研究開発」における補完関係によって、今日の世界的な地位を築き上げました。

さらに踏み込んで見ると、PC時代とAI時代の製造シェアを比較した場合、台湾のAI分野における支配力は過去よりも高まっています。AIチップおよびAIデータセンター設備において、台湾の世界シェアは9割を超えており、まさに「勝者総取り(Winner-takes-all)」の役割を演じていると言えます。

もちろん、こうした成果は台湾企業の努力によるものですが、一方で「米中ハイテク戦争」という地政学的要因が大きく影響していることも明らかです。トランプ大統領は第1次政権時代から中国との貿易戦争・ハイテク戦争を開始し、多くのサプライチェーンを中国から撤退させました。さらに、欧米諸国が中国のサプライチェーン(いわゆる「赤いサプライチェーン」)を採用しなくなったことで、中国企業はハイテク受託生産体制から排除されました。その結果、台湾はAI産業において、かつてのPC時代を遥かに凌ぐシェアを獲得できたのです。

したがって、今やAI産業における台湾のハードウェア製造の地位は盤石です。台湾はNVIDIAや米国の「マグニフィセント・セブン(Magnificent Seven)」に対して中核となるAIチップやサーバー製品を供給しており、そこには中国サプライチェーンの入り込む余地はありません。製造装置やチップの対中輸出規制といった措置は、客観的に見て、AIチップおよびサーバーの王者としての台湾の地位を固める追い風となっています。

もちろん、「ハードウェアは強いがソフトウェアが弱い」という台湾の産業構造を変えるべきだという声は多くあります。しかし、情報電子および半導体におけるハードウェア製造の実力において、今や台湾に敵う国はありません。この揺るぎない産業の「堀(Moat)」こそが、現在の台湾経済と株式時価総額が最高値を更新し続けている理由なのです。

台湾のエレクトロニクス産業は確固たる地位を築きました。米台協力は今後、自動運転車、人型ロボット(ヒューマノイド)、軍事産業、さらには宇宙開発といった分野へと広がっていくでしょう。台湾のエレクトロニクス産業の影響力は拡大と突破を続け、これは台湾にとって未来への大きなチャンスとなります。

TSMCの米国投資は、台湾サプライヤーが「世界シェア」を高める好機

第二に、世論の一部にある「産業の空洞化(Hollowing out of industry)」、すなわち「米国への投資はサプライチェーンを丸ごと移転させ、台湾を空っぽにする行為だ」という懸念について、説明と修正を加える必要があります。

TSMCの世界ファウンドリシェアが極めて高いことは周知の事実です。しかし、TSMCがその地位を築けたのは、グローバルなサプライチェーンの支持があったからです。昨年のTSMCの設備投資額は約400億ドルでしたが、そのうち台湾からのサプライヤーはわずか1割に過ぎません。残りの9割は、オランダのASML、米国のアプライド・マテリアルズ(Applied Materials)、日本の東京エレクトロン(TEL)など、世界中のトップ企業です。

つまり、今年TSMCが設備投資を520億〜560億ドルに増額するとしても、依然として世界のサプライチェーンに依存することになります。したがって、TSMCが米国アリゾナ州に巨大な生産クラスターを構築する際、台湾のサプライヤーは単に「付き合いで」行くだけでなく、むしろこれを「チャンス」と捉えて急いで進出すべきなのです。なぜなら、彼らはそこで残りの9割のグローバルサプライヤーと同じ土俵で戦わなければならず、もし行かなければ、注文を失う可能性が高いからです。

「なぜ科学園区(サイエンスパーク)を丸ごと米国へ持っていくのか?」という批判は、半導体産業のクラスター特性を理解していないと言わざるを得ません。TSMCの米国投資には、近隣での多数のサプライヤーによる支援が不可欠です。そのため、世界中の半導体サプライヤーがそこに集結します。特に将来的に5つ、あるいは10の工場(Fab)が建設されるとなれば、多くの企業にとって絶対に見逃せないビジネスチャンスとなります。

したがって、台湾が米国の半導体サプライチェーン構築を支援し、科学園区のようなインフラ整備さえも主導的に提案することは、産業ロジックにおける必然的な結果です。これは受動的な流出ではなく、能動的な拡張であり、台湾産業にとってのもう一つの大きなチャンスを生み出します。

実のところ、台湾の半導体サプライヤーのすべてがTSMCほど強力なわけではありません。他国には台湾企業より強力なライバルが多数存在します。しかし、TSMCが米国での投資を強化することは、台湾サプライヤーにとって世界シェアと国際的影響力を高めるための「便乗」の機会となります。台湾企業は必然的に米国へ投資し、国際的な舞台で世界クラスのライバルと競争することになりますが、これは企業の生存とアップグレードのための不可避な選択なのです。

かつての「西進」から今日の「東進」へ:台湾企業のグローバルな成長軌道

さらに言えば、台湾企業が米国へ投資する目的は、TSMCからの受注だけではありません。インテル(Intel)、テキサス・インスツルメンツ(TI)、グローバルファウンドリーズ(GlobalFoundries)といった米国企業の商機を勝ち取ることも視野に入っています。これらの企業もプロセス技術を向上させており、台湾の先進プロセスが育てた高品質な装置や部品サービスを必要としています。

したがって、台湾サプライヤーの米国投資を「産業の空洞化(台湾の空洞化)」と定義すべきではありません。これは台湾企業による全世界に向けた生存戦略です。将来の拡張性という観点から見れば、台湾の産業的影響力を外部へ延伸し、台湾企業の勢力をよりグローバル化させる動きです。

90年代を振り返ると、台湾企業はこぞって中国へ投資しました(西進)。当時、台湾が果たした役割は中国製造業の台頭を支援することであり、その結果、中国は「世界の工場」となりました。しかしその過程において、台湾企業も同時に自らを強大化させました。台湾の主要な電子機器受託製造大手(通称:電子五哥/台湾EMS大手)は、その過程で次々と売上高1兆元(約4.5兆円)を超えるグローバル企業へと成長しました。これは、投資先の発展を支援する一方で、自らも成長するという「Win-Win」のモデルでした。

もちろん、その後中国は世界の工場として発展し、台湾産業との同質性が高かったために競合関係となり、世界を代替する力を持つに至りました。しかし、台湾企業の海外展開と影響力の発揮という観点から見れば、当時の中国投資は、強力なライバルを育ててしまった側面はあるものの、台湾企業が資本を蓄積し、自らを強くするために不可欠なプロセスであったと私は考えています。

だからこそ、今日の米国投資を「空洞化」というネガティブな視点に限定すべきではありません。むしろ「経済的実力の拡張、産業発展のフロンティアの延伸」という戦略的な高みから捉えるべきです。これこそが、私たちが今日の米台協力協定を読み解く上での、最も重要な鍵となるのです。

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